一昨日(7月17日)、岡崎図書館交流プラザ「Libra(りぶら)」で「北原白秋の世界」という演題の講演をおこなった。
これは「市民カレッジ大学開放講座」と銘打って、岡崎市内の四大学で構成する大学懇話会と岡崎市が共催している講座。これまでは各大学を会場に行っていたものだが、今年から「りぶら」を会場に行うことになった。交通便利な市内の中心部で開催したためか、例年よりかなり参加者が多く、70名を超えた。
次回、7月24日(土)は岡崎女子短大で一番若い元気な教員の山田悠莉さんが担当する。「いきいき健康体操講座」と題して、「聞く」講演ではなく、身体を動かして健康づくりをしようというこれまでにない試みだ。
雨情祭の詳報を書く。
雨情祭は、5月25日(火)13:00〜15:00に、日比谷松本楼(日比谷公園内)にて開催された。
開会の冒頭、菅原傳三郎氏(雨情会元理事長)の献杯、糸賀真知子氏(歌手)の献歌があり、続いて野口不二子氏(雨情のご令孫・雨情会名誉会長)及び阿部芳夫(雨情会理事長)の挨拶があった。
食事・懇談を挟んで、糸賀真知子氏の歌唱や参加者のスピーチが行われ、参加者全員で雨情の歌を歌唱しつつ、会はなごやかに終了した。本年の特徴としては、参加者全員のスピーチがあったことがあげられる。横山太郎氏(音楽家・雨情会理事)の名司会も記録すべきであろう。
2012年は雨情の生誕130周年にあたる。今後の雨情顕彰をめぐる動きの活発化を期待したい。
本日(5月25日)は雨情祭がある。雨情会(野口雨情の会)会員以外の一般参加も可能。
・会場:東京・松本楼(日比谷公園内)
・時間:午後13時〜15時
・会費:10500円
というわけで、本日はひさびさに東京に行く。雨情祭の様子は、近々、このホームページ上で報告する。
クルマの運転中のことである。信号のある交差点で、わたしが従うべき信号は青なのだが、高齢者の乗る自転車が見えた。なんとなく嫌な予感がしたので、軽くブレーキを踏んでやや徐行した。
・・・徐行は正解だった!
自転車は信号無視で道路を横断。急ブレーキのクルマなどには目もくれず、我関せずとばかり悠然と去って行く・・・
信号を見ていないのか? クルマを見ていないのか?
たぶん、両方だろう。
以前、高齢ドライバーの当て逃げについて書いたが、こういうケースは若い人の無謀なルール無視とはどうも違う。
加齢とともに、周りの状況が目に入らなくなっているのかもしれない。「そろそろ自転車はお止めになってはいかが」と言いたいが、明日は我が身と思うと悲しい。
今日、勤務先の短大で入学式があった。当節、短大といえば大幅な定員割れと相場が決まっているなかで、そうした問題に直面することもなく、無事、入学者を集めることができた。
そこで、新入生の印象をひとこと。当たり前だが、みんな若い。そして、くやしい(笑)ことに無限の可能性を持っている!!
みんながんばれよとエールを送りたい。
昨日、勤務先の短大の卒業式と卒業パーティーがあった。
毎年のことながら、弱冠20歳にして人生の目標を定め、巣立っていく彼女たちには脱帽するばかりだ。
さて、卒業パーティーでのこと。担当するクラスの学生たちから、ディズニーキャラのネクタイと寄せ書きした色紙を贈られた。彼女たちがわたしに隠れてヒソヒソと何かをやっているので、色紙ぐらいは貰える (^_^; と、予想していたけれど・・・
・・・ネクタイまでは想像できなかった\(◎o◎)/!
包装紙から察するに、卒業旅行で東京ディズニーランドへ行った折に、誰かが代表して買ってきてくれたらしい。
さすがにウルウル (>_<) ときたが、その場は何とかこらえることができた。しかし、帰宅して寄せ書きを読んでいるうちに、ついに不覚を (>_<)ゞ
年齢を重ねるとともに、どんどん涙もろくなっていく・・・
昨年の岡崎水害で大被害を受けた河川敷の家はほぼ立ち退きが終わった。いまは橋の架け替え工事を行っている。
岡崎へ来てまず驚いたことは、河川敷にびっしりと家屋が建ち並んでいることだった。伊賀川側から見ると2階または3階建て、堤防道路側からみると1階または2階建てという構造になっている。水害後に聞いたところによると、大正時代からの権利で、河川敷の所有者である県と市には地代も払っていたのだという。
ところで、岡本良雄の作品に「あすもおかしいか」という童話がある。
敗戦後まもなくのこと。戦災で家を失ったおじいさんがお稲荷さんのお堂に住みついていたが、火事でそのお堂が焼けてしまった。やがて、お堂は立派に再建されたものの、おじいさんの住むところなどどこにもない。人間より瀬戸物の狐を大事にするのはおかしい・・・というストーリーだ。
実は伊賀川の河川敷にも役行者のお堂がある。周りの家が立ち退いてしまったため、橋のたもとにぽつんと寂しそうに建っている。素人目に見ても、洪水のときに水の流れを妨げる障害物なのだ。
しかし、このお堂の行く末がどうにも気になってしかたがない。人間の都合でいつの間にかなくなってしまいかねない雰囲気である。つまり、《逆あすもおかしいか》なりかねないというわけだ。どこかの寺院の敷地内に引き取られたらいいな・・・などと何とも気になる存在ではある。
今日から明日まで、わたしの勤務先である岡崎女子短大で岡短祭(大学祭)がある。
小さいお子さんをお連れになれば、学生たちが相手をしてくれる。どなたでも、親子で一日楽しくすごせるはず。
明日は学生サークル「ホビット」の読み聞かせや紙芝居などもあるので、岡崎近辺に在住の方はどうぞいらっしゃい。
政権交代が決まった。
そこで新内閣にぜひ期待したいことがある。それは次期政権党が選挙時にマニフェストで約束した教員免許の更新制の廃止だ。
その理由は、わたしがかつて取得した教員免許状が失効するのが何となく悔しい(汗)ということもないではないが、どうせいまさら役に立つ資格ではない。高校や中学に就職する予定はないし、仮に就職しても免許が失効する前に定年でお払い箱(爆笑)だからだ。
それよりも、幼稚園教諭の養成校に勤務している身としては、学生たちが苦労して取得した資格が、選挙を経ないで成立した旧安倍内閣が強行採決した法律によって失効してしまうことが許せないのだ。
幼児教育を学ぶ学生の殆どは保育士と幼稚園教諭の資格を取る。保育士資格には期限がないのに、なんで幼稚園教諭の免許だけが10年で失効するのか? 合理的な理由がない。それに、小中高校と違って幼稚園は個人経営に近い小規模な私立が多いので、《若い幼稚園教諭の使い捨て》という風潮がいま以上に広がりかねないという事情もある。
最近、某駐車場で当て逃げを目撃した。駐車中のクルマにかなりひどくぶつけ、壊れた自車の部品をまき散らしながら、猛スピードで逃げて行った。ここではあえて詳しくは書かないが、危うくわたしのクルマも当て逃げされるところだった。運転者はかなりの高齢者で、周りの情況をほとんど何も見ていない。前を見れば後ろに注意が向かず、右をみれば左に注意が向かず・・・という調子だ。これでは事故を起こして当たり前。人身事故を起こさなくて幸いだったというべきだろう。
もちろん、ナンバーやクルマの特徴など、目撃したことは警察に届けておいた。だから、逃げても無駄なんだが・・・。まさか、あんな高齢者が《逃げる》とは思わなかったので、予想外の事故後の猛ダッシュに慌ててしまった。
こういう高齢運転者にはもう二度とハンドルは握って欲しくないが、これから高齢者ドライバーが増えていくと、この種の事件が頻発するんだろうなぁ(汗)
それにしても、歳はとりたくないものだ。《逃げる》のは論外として、自分にもいつかは運転免許を返上しなければならない日が来ると思うと、ちょっとばかり考え込んでしまう事件であった。
2月14〜15日は私が勤務している岡崎女子短大で幼児教育祭が行われる。
これはこの1年間の学生たちの学びを実践的に締め括るという意味があり、正規の授業の一環である。類似の行事は幼児教育系の他の大学・短大にもあるが、岡短の幼教祭は規模がまるで違う。3つの付属幼稚園の園児はもちろん、地域の子どもたちが楽しみにしている一大イベントだといっていい。
去年は大雪のため予定を早めに切り上げて終了せざるを得なかったが、今年は春一番が吹き荒れている。
ただ、明日の午前中には天候が恢復しそうだという。
このホームページを見ている地域のみなさんがいらっしゃれば、ぜひ、お子さんを連れておいで下さい。朝9時より、参加無料。
先日、遅ればせながら、わたしのところへ「ねんきん特別便」なるものが届いた。
一読してすぐわかったが…
わたしの年金加入記録がごっそり消えている!!
この分でいくと、報酬月額も怪しいと思わねばなるまい。これまで、「消えた年金」というものはどこか人ごとのような気がして、呑気に構えていた。しかし、自分も被害者のひとりだったというわけだ。
嗚呼、どうやらわたしの「消えた年金」の証拠探しを巡る苦闘の日々が始まりそうだ。証拠、残ってればいいが…
「こらぁ! この仕事忙しいときに年金の証拠探しさせるのかよぉ!」と、腹の底から怒りがこみ上げてくる。
夜明け前からまた雨が降り出しました。時折は雷を交え、激しい雨になります。
前回の続きを書きます。
「8.29岡崎豪雨の記(その2)」
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なるほど、交差点のクルマは水没車というわけか。水害に遭った気の毒なクルマなのだ。これでは邪魔だと非難がましいことを言うわけにもいくまい。
…と、ここで気がついた。
ついうっかり、いつものスーパーに立ち寄ろうとしたのだが、よく考えてみるとスーパーの名前は「Aスーパー伊賀店」である。つまり、スーパーは伊賀川が氾濫した伊賀町にあるのだ。
「はたして営業しているのだろうか」
そう考えながらクルマを走らせていると、幸い、いつものように営業していた。伊賀町とはいってもスーパーの位置までは水が来なかったようだ。手早く買い物を済ませ、家路を急ぐ。
岡崎は丘の連なる街である。
山間から流れ出した大小の川が、数多い丘の間を蛇行し、末は矢作川に注ぎ込んでいく。そうした川のうち、いっとう大きなものが乙川(おとがわ)であり、さらにこれに注ぎ込んでいるのが伊賀川だ。乙川と伊賀川が合流する地点には、まわりから孤立した小高い丘がある。そんな要害の地に、戦国時代の松平氏が岡崎城を築いたというわけだ。
だから、同じ町内とはいっても、土地の高低差がかなりある。
伊賀川から溢れた水は、窪地状の地形に広がる住宅街を襲ったが、坂の上の住宅街にまでは何の被害も及ばさなかった。
スーパーからの帰り道の県道に、伊賀川をまたぐ小さな橋がある。あるいは、この橋が障害となって水が逆流し、ついには堤防を越えたのかもしれない。
そんなことをあれこれ考えながら、結果として被災地をクルマで走り抜けることになった。普段はお義理のように水が流れているだけの伊賀川だが、そんなふうにはとても思えない水量だ。道沿いに、取り片付けられたさまざまな水没家具や畳の類が積み上げられている様子を見ながらクルマを走らせ、家路についた。
報道によれは、避難勧告の出たのは深夜の2時すぎである。
その時間、わたしは確かに起きていた。天から滝が落ちてきたような豪雨と落雷で、とても寝られたものではなかった。しかし、目と鼻の先…直線距離にすればほんの500メートルほど先の地点で、堤防からは水が溢れ、川沿いに建つ家々の土台を押し流し、死者や行方不明者を出していた、というような惨状は想像だにできなかった。
わたしのマンションの駐車場の地面は、県道沿いの家の3階よりも高い位置ににある。普段は歩きながら「うっとうしい」とすら思っていた坂道。そういうほんのちょっとした土地の高低差が、呑気にも眠り呆けていたわたしと、被災された住民との運命を分けたのである。
それにしても、避難勧告の出ていることを知っていた住民は、いったいどれくらいの数になるのだろう。
今日の報道によれば、市役所から町内会長レベルまでには電話連絡があったというが、そこから先、個々の住民にまで情報を伝達する手段はなかった。たとえ市の広報車が走り回ったとしても、あの豪雨の中では誰にも聞こえなかったとは思う。
避難勧告の出たことは夢にも知らなかったが、結果として、丘の中腹にある自分の家から動かないことが正解だった。「万一、土砂崩れが起きていたとしたら」と思うとぞっとするが…
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以上で水害の覚え書きは終了します。
もう日付が変わってしまいましたが…
8月29日の豪雨について、自分自身の覚え書きの意味も込めながら書くことにします。なお、プライバシーに配慮して、時間・場所・個人名などはわざと曖昧にしました。
「8.29岡崎豪雨の記(その1)」
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昔とちがって、当節の短大は盆明けからもう授業が始まっている。
昨夜は前夜からの滝のような雨で、まったく眠れなかった…とは書いたものの、実はいつのまにか寝入っていた(笑)。
早朝、携帯メールの着信音で目が覚めた。
メールは学生のA君から。「電車が不通です。どうしたらいいですか?」という内容だった。
あわてて飛び起き、テレビのスイッチを入れると、「岡崎市内の全世帯に避難勧告」の文字。市内の伊賀川が氾濫し、鉄道もストップしている。伊賀川といえば目と鼻の先だが、わたしのマンションは高台にあるため、呑気に高いびきをかいていたようだ。とりあえず、A君には「異常事態なので、わたしにもどうしていいかわからん。無理をせず、とりあえず待機しなさい」という意味のメールを返しておく。
まもなく、A君と同様のメールが次々に着信する。いちいち返事していられないので、A君への返信をコピペして返信。並行して、テレビを見る。それ以外に良い方法が思い浮かばない。
短大からの緊急メールが入る。内容は「午前中は休講」というもの。全学生を対象にした非常用の一斉メールを送信したようだ。これを契機に学生からのメールがぴたりと止んだ。
「ああ、このシステムがあって良かったなあ」と思っていると、同僚のB氏から改めて休講を知らせるメールがきた。「そうだ、とりあえず、出勤しないと…」と思いながら、クルマに飛び乗る。急いで、県道に出ようとしたとたん、路上のマンホールにフタがない!!
アアブナイところだった。豪雨で水が噴き上げ、フタが跳ね上げられてしまったようだ。この先、いったいどうなっているかわからない。そこで、なるべく丘沿いの道を走ることにした。
無事、短大へ到着。わたしは図書委員をしているので、とりあえず、付属図書館へ行ってみると、案の定、少し冠水していた。しかし、冠水といっても事務室の床が少し濡れたぐらい。書庫や図書館本体は無事だったので、ホッと胸をなで下ろす。その後、大学事務局へ向かう途中ですでに登校していた学生のC君たちと会う。「午後の授業はどうなるんですか?」と訊ねられるが、「ちょっと待ってくれ。決まるのはこれからだ」と答えておくしかない。
結局、今日は全日休講に決まった。避難勧告がでているので、当然の措置だろう。
今度は明日の予定が気になってくる。明日はAO入試の面接の予定が入っている。
ほどなく、同僚のD氏から電話が入る。AO入試は一週間後に延期とのこと。天気予報では明日も豪雨が心配されているので、賢明な判断だとは思う。延期したら予定が狂って困るが、やむを得まい。
そうこうしているうちに、学内に残っている学生が研究室にやってきて…
…と、こんなことを延々と書いても仕方がない(苦笑)
閑話休題。
夕方になって、雨は小康状態になり、時おりは晴れ模様になることさえある。「まあ、足元の明るいうちに帰ろう」というわけで、帰宅しようとしたが、明日の天気がどうなるかわからない。そこで、帰り道にスーパーへ寄って食糧を買い込んでおくことにした。
なにげに(←近ごろ耳ざわりな若者言葉)いつものスーパーに立ち寄ろうとすると、交差点に大変じゃまなクルマが駐車している。一応、赤のパイロン(プラの標識)で注意喚起はしてあるのだが、「なんでこんなところに駐車しているんだ?!」と思って良く見ると、クルマは尋常な姿ではない。全体が泥だらけで、タイヤと車体の間には木の枝なんかがびっしり挟まっている。
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長くなったので、とりあえずここまで。この続きはまた書きます。
昨日、勤め先の短大で「よろず劇場とんがらし」の公演を観劇しました。
これが予想を上回ってナンセンスで面白く、学生たちから大受けでした。ちなみに《ナンセンスで面白い》というのは最大限のほめ言葉ですから念のため(^^)
演目は「ザ・ドラマティック腹話術『あかずきんちゃん』」ほか…。いまちょうど授業でペローやグリムの「赤ずきん」を取り上げていますが、およそそういうこととは関係がないように思えたかもしれません。しかし、よーくよく考えてみると、グリムのパロディーになっていました。わかるかな? 学生諸君 (^_^)b
「とんがらし」は成田良治さんがひとりで演じる劇団(うーん、こういうのは「団」というのかなぁ?)ですが、成田さんは幼稚園教諭の経験があり、子どもたちとの関わり方について合間にいろいろお話いただきました。わたしなんかが学生たちに授業で話するより、何倍も何倍もためになったかも ∈^0^∋
なお、公演にあたっては文科省の助成(特色GP)を受けています。
いま、勤務先の短大では保育所実習のまっさかりで、教員が分担して実習先の保育園を訪問しています。
わたしが保育園へ行ったときは、原則として実習生に園内の案内をしてもらいます。もちろん、園長の許可を得たうえでのことですが…。
このとき、各保育室では園児たちが笑顔で迎えてくれます。もちろん、知らないオジさんが突然あらわれたりしたらこうはいなないわけで、実習生が案内してくれるからですね。
このときいつも思うのです。実習生たちは、よくぞ短時間にここまで園児たちに馴染んでくれるなぁ、と。もともと子ども好きな学生たちではあるのですが、生半可なことではこうはいきません。
保育所実習もいよいよ残りわずかとなりました。実習生の諸君よ! この調子で最後まで気を抜かず、がんばれ\(^O^)/
訃報ばかりが続きます。
川内康範氏、4月6日ご逝去,享年88歳。北海道函館生まれ。作詞家として活躍し、最近では「おふくろさん」で話題になりましたが・・・
なんで児童文学のホームページに訃報を載せるかというと・・・
「月光仮面」の原作者だからです!! わたしと同年代の人たちにとっては、実写版のTVドラマかな? もう少し若い人にはTVアニメか、映画でしょうか? 「どこの誰かは 知らないけれど〜」の主題歌(故人が作詞)は今でも耳から離れません。(復刻版のCD持ってるけど)
砂田弘さんに続いて、また訃報です。
『ノンちゃん雲に乗る』や地域文庫の草分け「かつら文庫」などで知られる児童文学者の石井桃子さん。4月2日にご逝去。享年101歳です。『ノンちゃん…』は映画にもなりました。『クマのプーさん』などの翻訳書も多数ありますが、石井さんのもうひとつの顔は編集者です。岩波書店に勤務し、「岩波少年文庫」「岩波の子どもの本」などを編集されました。
あと見逃せないのは評論『子どもと文学』を共同執筆されたこと…わたしの児童文学の講義では必ず名の挙がる本ですね。
ようするに、現代児童文学の基礎を築いた偉大な児童文学者のひとりといえるでしょう。
今日は勤務先の短大の入学式でした。
わたしが所属しているのは幼児教育学科ということで、大多数の新入生は保育士や幼稚園教諭を志望しているわけです。わたしが大学に入学した大昔(^o^)のことを振り返ってみると・・・明確な目標なんかなかったなあ、と彼女たちにはいつも脱帽です。
たまたま、今日は新卒業生から配属先の保育園の様子を知らせるメールがきました。さあ、新入生諸君! 目標にむかって、先輩みたく(←日本語表現バツだよ)一緒に楽しく勉強しようぜ!!
訃報です。
児童文学作家・評論家の砂田弘さん、享年74歳。本日(3月20日)、胃がんで逝去されました。著書に『さらばハイウェイ』『田中正造 公害とたたかった鉄の人』『砂田弘評論集成』など多数。葬儀は24日正午から日本キリスト教団西千葉教会(千葉市中央区松波2の7の3)にて。
そういえば砂田さん、もう74歳だったんだと改めて思います。でも、まだまだ、長くご活躍いただきたい方でした。
月並みな表現ですが、桜のつぼみがふくらむいまは卒業シーズンまっさかりです。
このホームページは勤務先の短大の卒業生や在学生が見てくれていると思うので、卒業生に贈る言葉を広報誌から再録しておきます。
がんばれ! 新社会人!!
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2年前の春のこと、新入学生のあるクラスで「薔薇ノ木ニ/薔薇ノ花サク。/ナニゴトノ不思議ナケレド。」という北原白秋の詩を紹介しました。詩人は何の変哲もない事象の中に思わぬ美と神秘を発見して新鮮な感動を覚えたのですが、みなさんも一見平凡に思える学生生活の中に多くの発見があったはず。そのおりの新鮮な感動をいつまでも忘れることなく、それぞれの分野でご活躍ください。
昨日は勤務先の岡崎女子短期大学で「第14回幼児教育祭」を開催しました。2000人をはるかに超える子どもたちや保護者のみなさまのご来場に感謝します。ただ、午後からの大雪のため、終了時間を1時間あまり早めなければなりませんでした。教員実行委員長としてお詫びいたします。
なお、本日は1時間遅れの午前10時から開場いたしておりますので、よろしくお願いいたします。
新美南吉に関する講演会のお知らせです。
講師はわたし (^^ゞ です。会場は南吉の生家や新美南吉記念館の近くですので、ついでに文学散歩などなされてはいかがでしょうか。
【日時】2008年1月19日(土) 14時〜16時
【場所】雁宿ホール講堂(半田市福祉文化会館)
【交通】名鉄河和線知多半田駅西口下車北へ徒歩3分
【演題】三つの「狐」の物語 〜「ごん狐」「手袋を買ひに」「狐」の底流〜
【講師】上田信道(うえだのぶみち)※児童文学・児童文学史研究家※
【入場料】無料
【主催】新美南吉顕彰会・半田市教育委員会
【問い合わせ先】新美南吉顕彰会(新美南吉記念館 TEL 0569-26-4888)
今年もいよいよ押し詰まってきました。
年末年始は、たまりにたまっている原稿を片付けるため、山にこもります。ネットには携帯1本でつながっている状態ですので、不義理をするかもしれません。お待たせしている編集者のみなさんには、もうすこしお待ちいただかないといけません(汗)
このところネットの方はずっとご無沙汰ですが、活字メディアの方では、今年に入って単行本を1冊上梓し、ただいまは週1回の新聞連載の仕事をしています。来年こそは、執筆中の研究書を仕上げ、ネットの方にも少しは力をさいていく・・・つもり・・・です。
それでは、一足先に新年のご挨拶を(笑)・・・今年もよろしくお願いします。
訃報です。
10月9日、名古屋大名誉教授の西條八束氏が逝去されました。享年は82歳。
西條先生のご専門は湖沼学なので、本来でしたら文系のわたしとは接点はないのです。しかし、先生は詩人の西條八十氏のご子息であられます。わたしが春陽堂書店から出した『名作童謡西條八十100選』でお世話になりました。
人づてですが、『名作童謡西條八十100選』の出来が良いとお褒めいただいたとのことでした。ご冥福をお祈りします。
昨日付の「読売新聞」(電子版)に《ニセ学位》の記事が載っていました。アメリカでは《大学》を名乗る団体や会社学位を取得し、それを就職や昇進などに悪用する人が多いようです。アメリカの学位は日本でも有効なので、日本の文科省でも、国公私立大学を問わず、総ての大学でニセ学位が使われていないか調査を始めるのだそうです。
ずっとまえ、この「電脳奮戦記」に書きましたたけれど、わたしのところにもハワイにある大学の名前で「学位を買わないか」というダイレクトメールが来ました。幾らだったか正確なことは忘れましたけれど、確か30〜40万円ぐらいだったかと思います。別料金を出すと、英語で博士論文を代筆するというのもありました。
「○○先生の学位は怪しい」という噂をときどき聞きますが、いまごろ、ビクついている人はけっこういるのでしょうねえ。身に覚えのある人は、調査の手が及ぶ前に、さっさと辞表を出して、退職金を貰っておくことです、ハイ。
ただし、アメリカでも州によっては法律の規制が甘く、ニセと本物のスレスレという大学もあります。そういうのはこれからもめるだろうなあ・・・
あ、そうそう。わたしの聞いた○○先生のニセ学位の噂については、もう手遅れですよ。
なぜかというと、何年か前に定年退職しちゃってるからです(-。-;)
14・15日の両日、豊田市野口町に行ってきました。
三河国野口村は、野口雨情の野口家の先祖が隠棲したと伝えられる地です。南北朝時代、楠木正成の弟・正季の子孫が北朝側の手を逃れ、足助氏を頼って野口村に逃れたとされています。この子孫が野口姓を名乗り、のちに常陸国磯原(いまの茨城県北茨木市磯原)に移転し、水戸徳川家に仕えて繁栄しました。この家に長男として生まれたのが雨情だった、というわけです。
野口町には七つの子ほかの石碑が建立されているので、東京在住の雨情会の方々と碑を見に行きました。折悪しく、台風の最中の訪問となりましたが、地元の方々からは温かいお出迎えをいただき、感激しました。ありがとうございました。
碑は豊田市街から国道153号線を足助に入る直前、Kマートの裏手、やや奥まった道路(豊田市道)添いにあります。ネットの地図で「愛知県豊田市野口町水別日陰」と、住所検索するとすぐわかります。足助・香嵐渓へ観光にお出かけの際には、ぜひ、お立ち寄りになることをお奨めします。
新しいフォームメールのCGIは順調なようです。
幸いにも「悪用されてるぞ」というお叱りの連絡もありませんので、一件落着しました。
ただ、少し気になることが・・・
それは普段は使っていないメールアドレスに時々ジャンクメールが来るようになったことです。使っていないアドレスを知っているのは私とプロバイダーだけのはず。したがって、個人情報漏れの可能性が大だ、と思っています。
さて、今週には新著が店頭に並ぶとはずですから、久しぶりに「電脳奮戦記」や「新・雑学雑記帳」に手を入れなければなりません。
昨日のフォームメールの件ですが、CGIを一新したうえ、設置しなおしました。これでしばらく様子を見ます。
悪質な業者にフォームメールを悪用されたとはいえ、無関係の方々に思わぬご迷惑をおかけしたかも知れません <(_ _)>
最近はスパムメールの手口がますます巧妙化しています。
何とも腹立たしく、鬱陶しい限りです ヽ(`⌒´)ノ
わたしのホームページ上に設置しているフォームメールを悪用されていたようです。CGIの脆弱性に原因があるので、機能を停止させました。いまフォームメールは使えませんが、数日中に復旧をはかります。しばらくお待ち下さい。