『注文の多い料理店』
Text6:読みを〈行〉単位で区切った(改行した)データ
【おいのもりとざるもり、ぬすともり】
こいわいのうじょうのきたに、くろいまつのもりがよっつあります。
いちばんみなみがおいのもりで、そのつぎがざるもり、つぎはくろさかもり、きたのはずれはぬすともりです。
このもりがいつごろどうしてできたのか、どうしてこんなきたいななまえがついたのか、それをいちばんはじめから、すっかりしっているものは、おれひとりだとくろさかもりのまんなかのおおきないわが、あるひ、いばってこのおはなしをわたくしにきかせました。
ずうっとむかし、いわてさんが、なんべんもふんかしました。
そのはいでそこらはすっかりうずまりました。
このまっくろなおおきないわも、やっぱりやまからはねとばされて、いまのところにおちてきたのだそうです。
ふんかがやっとしずまると、のはらやおかには、ほのあるくさやほのないくさが、みなみのほうからだんだんはえて、とうとうそこらいっぱいになり、それからかしわやまつもはえだし、しまいに、いまのよっつのもりができました。
けれどももりにはまだなまえもなく、めいめいかってに、おれはおれだとおもっているだけでした。
するとあるとしのあき、みずのようにつめたいすきとおるかぜが、かしわのかれはをさらさらならし、いわてさんのぎんのかんむりには、くものかげがくっきりくろくうつっているひでした。
よにんの、けらをきたひゃくしょうたちが、なたやさんぼんぐわやとうぐわや、すべてやまとのはらのぶきをかたくからだにしばりつけて、ひがしのかどばったひうちいしのやまをこえて、のっしのっしと、このもりにかこまれたちいさなのはらにやってきました。
よくみるとみんなおおきなかたなもさしていたのです。
せんとうのひゃくしょうが、そこらのげんとうのようなけしきを、みんなにあちこちゆびさして「どうだ。いいとこだろう。はたけはすぐおこせるし、もりはちかいし、きれいなみずもながれている。それにひあたりもいい。どうだ、おれはもうはやくから、ここときめておいたんだ。」といいますと、ひとりのひゃくしょうは、「しかしちみはどうかな。」といいながら、かがんでいっぽんのすすきをひきぬいて、そのねからつちをてのひらにふるいおとして、しばらくゆびでこねたり、ちょっとなめてみたりしてからいいました。
「うん。ちみもひどくよくはないが、またひどくわるくもないな。」
「さあ、それではいよいよここときめるか。」
もひとりが、なつかしそうにあたりをみまわしながらいいました。
「よし、そうきめよう。」
いままでだまってたっていた、よにんめのひゃくしょうがいいました。
よにんはそこでよろこんで、せなかのにもつをどしんとおろして、それからきたほうへむいて、たかくさけびました。
「おおい、おおい。ここだぞ。はやくこお。はやくこお。」
するとむこうふのすすきのなかから、にもつをたくさんしょって、かおをまっかにしておかみさんたちがさんにんでてきました。
みると、いつつむっつよりしたのこどもがくにん、わいわいいいながらはしってついてくるのでした。
そこでよったりのおとこたちは、てんでにすきなほうへむいて、こえをそろえてさけびました。
「ここへはたけおこしてもいいかあ。」
「いいぞお。」
もりがいっせいにこたえました。
みんなはまたさけびました。
「ここにいえたててもいいかあ。」
「ようし。」
もりはいっぺんにこたえました。
みんなはまたこえをそろえてたずねました。
「ここでひたいてもいいかあ。」
「いいぞお。」
もりはいっぺんにこたえました。
みんなはまたさけびました。
「すこしきいもらってもいいかあ。」
「ようし。」
もりはいっせいにこたえました。
おとこたちはよろこんでてをたたき、さっきからかおいろをかえて、しんとしていたおんなやこどもらは、にわかにはしゃぎだして、こどもらはうれしまぎれにけんかをしたり、おんなたちはそのこをぽかぽかなぐったりしました。
そのひ、ばんがたまでには、もうかやをかぶせたちいさなまるたのこやができていました。
こどもたちは、よろこんでそのまわりをとんだりはねたりしました。
つぎのひから、もりはそのひとたちのきちがいのようになって、はたらいているのをみました。
おとこはみんなくわをぴかりぴかりさせて、のはらのくさをおこしました。
おんなたちは、まだりすやのねずみにもっていかれないくりのみをあつめたり、まつをきってたきぎをつくったりしました。
そしてまもなく、いちめんのゆきがきたのです。
そのひとたちのために、もりはふゆのあいだ、いっしょうけんめい、きたからのかぜをふせいでやりました。
それでも、ちいさなこどもらはさむがって、あかくはれたちいさなてを、じぶんののどにあてながら、「つめたい、つめたい。」といってよくなきました。
はるになって、こやがふたつになりました。
そしてそばとひえとがまかれたようでした。
そばにはしろいはながさき、ひえはくろいほをだしました。
そのとしのあき、こくもつがとにかくみのり、あたらしいはたけがふえ、こやがみっつになったとき、みんなはあまりうれしくておとなまでがはねあるきました。
ところが、つちのかたくこおったあさでした。
くにんのこどもらのなかの、ちいさなよにんがどうしたのかよるのあいだにみえなくなっていたのです。
みんなはまるで、きちがいのようになって、そのへんをあちこちさがしましたが、こどもらのかげもみえませんでした。
そこでみんなは、てんでにすきなほうへむいて、いっしょにさけびました。
「たれかわらしゃどしらないか。」
「しらない。」ともりはいっせいにこたえました。
「そんだらさがしにいくぞお。」とみんなはまたさけびました。
「こお。」ともりはいっせいにこたえました
そこでみんなはいろいろののうぐをもって、まずいちばんちかいおいのもりにいきました。
もりへはいりますと、すぐしめったつめたいかぜとくちぱのにおいとが、すっとみんなをおそいました。
みんなはどんどんふみこんでいきました。
するともりのおくのほうでなにかぱちぱちおとがしました。
いそいでそっちへいってみますと、すきとおったばらいろのひがどんどんもえていて、おいのがくひき、くるくるくる、ひのまわりをおどってかけあるいているのでした。
だんだんちかくへいってみるといなくなったこどもらはよにんとも、そのひにむいてやいたくりやはつたけなどをたべていました。
おいのはみんなうたをうたって、なつのまわりとうろうのように、ひのまわりをはしっていました。
「おいのもりのまんなかで、/ひはどろどろぱちぱち/ひはどろどろぱちぱち、/くりはころころぱちぱち、/くりはころころぱちぱち。」
みんなはそこで、こえをそろえてさけびました。
「おいのどのおいのどの、わらしゃどかえしてけろ。」
おいのはみんなびっくりして、いっぺんにうたをやめてくちをまげて、みんなのほうをふりむきました。
するとひがきゅうにきえて、そこらはにわかにあおくしいんとなってしまったのでひのそばのこどもらはわあとなきだしました。
おいのは、どうしたらいいかこまったというようにしばらくきょろきょろしていましたが、とうとうみんないちどにもりのもっとおくのほうへにげていきました。
そこでみんなは、こどもらのてをひいて、もりをでようとしました。
するともりのおくのほうでおいのどもが、「わるくおもわないでけろ。くりだのきのこだの、うんとごちそうしたぞ。」とさけぶのがきこえました。
みんなはうちにかえってからあわもちをこしらえておれいにおいのもりへおいてきました。
はるになりました。
そしてこどもがじゅういちにんになりました。
うまがにひききました。
はたけには、くさやくさったきのはが、うまのこえといっしょにはいりましたので、あわやひえはまっさおにのびました。
そしてみもよくとれたのです。
あきのすえのみんなのよろこびようといったらありませんでした。
ところが、あるしもばしらのたったつめたいあさでした。
みんなは、ことしものはらをおこして、はたけをひろげていましたので、そのあさもしごとにでようとしてのうぐをさがしますと、どこのうちにもなたもさんぼんぐわもとうぐわもひとつもありませんでした。
みんなはいっしょうけんめいそこらをさがしましたが、どうしてもみつかりませんでした。
それでしかたなく、めいめいすきなほうへむいて、いっしょにたかくさけびました。
「おらのどうぐしらないかあ。」
「しらないぞお。」ともりはいっぺんにこたえました。
「さがしにいくぞお。」とみんなはさけびました。
「こお。」ともりはいっせいにこたえました、
みんなは、こんどはなんにももたないで、ぞろぞろもりのほうへいきました。
はじめはまずいちばんちかいおいのもりにいきました。
すると、すぐおいのがくひきでてきて、みんなまじめなかおをして、てをせわしくふっていいました。
「ない、ない、けっしてない、ない。ほかをさがしてなかったら、もういっぺんおいで。」
みんなは、もっともだとおもって、それからにしのほうのざるもりにいきました。
そしてだんだんもりのおくへはいっていきますと、いっぽんのふるいかしわのきのしたに、きのえだであんだおおきなざるがふせてありました。
「こいつはどうもあやしいぞ。ざるもりのざるはもっともだが、なかにはなにがあるかわからない。ひとつあけてみよう。」といいながらそれをあけてみますと、なかにはなくなったのうぐがここのつとも、ちゃんとはいっていました。
それどころではなく、まんなかには、きんいろのめをした、かおのまっかなやまおとこが、あぐらをかいてすわっていました。
そしてみんなをみると、おおきなくちをあけてばあといいました。
こどもらはさけんでにげだそうとしましたが、おとなはびくともしないで、こえをそろえていいました。
「やまおとこ、これからいたずらやめてけろよ。くれぐれたのむぞ、これからいたずらやめでけろよ。」
やまおとこは、たいへんきょうしゅくしたように、あたまをかいてたっておりました。
みんなはてんでに、じぶんののうぐをとって、もりをでていこうとしました。
するともりのなかで、さっきのやまおとこが、「おらさもあわもちもってきてけろよ。」とさけんでくるりとむこうをむいて、てであたまをかくして、もりのもっとおくのほうへはしってゆきました。
みんなはあっはあっはとわらって、うちへかえりました。
そしてまたあわもちをこしらえて、おいのもりとざるもりにもっていっておいてきました。
つぎのとしのなつになりました。
たいらなところはもうみんなはたけです。
うちにはきごやがついたり、おおきななやができたりしました。
それからうまもさんびきになりました。
そのあきのとりいれのみんなのよろこびは、とてもたいへんなものでした。
ことしこそは、どんなおおきなあわもちをこさえても、だいじょうぶだとおもったのです。
そこで、やっぱりふしぎなことがおこりました。
あるしものいちめんにおいたあさなやのなかのあわが、みんななくなっていました。
みんなはまるできがきでなく、いっしょうけんめい、そのへんをかけまわりましたが、どこにもあわは、ひとつぶもこぼれていませんでした。
みんなはがっかりして、てんでにすきなほうへむいてさけびました。
「おらのあわしらないかあ。」
「しらないぞお。」
もりはいっぺんにこたえました。
「さがしにいくぞ。」とみんなはさけびました。
「こお。」ともりはいっせいにこたえました。
みんなは、てんでにすきなえものをもって、まずてぢかのおいのもりにいきました。
おいのどもはくひきとももうでてまっていました。
そしてみんなをみて、ふっとわらっていいました。
「きょうもあわもちだ。ここにはあわなんかない、ない、けっしてない。ほかをさがしてもなかったらまたここへおいで。」
みんなはもっともとおもって、そこをひきあげて、こんどはざるもりへいきました。
するとあかつらのやまおとこは、もうもりのいりぐちにでていて、にやにやわらっていいました。
「あわもちだ。あわもちだ。おらはなってもとらないよ。あわをさがすなら、もっときたにいってみたらよかべ。」
そこでみんなは、もっともだとおもって、こんどはきたのくろさかもり、すなわちこのはなしをわたくしにきかせたもりの、いりぐちにきていいました。
「あわをかえしてけろ。あわをかえしてけろ。」
くろさかもりはかたちをださないで、こえだけでこたえました。
「おれはあけがた、まっくろなおおきなあしが、そらをきたへとんでいくのをみた。もうすこしきたのほうへいってみろ。」
そしてあわもちのことなどは、ひとこともいわなかったそうです。
そしてまったくそのとおりだったろうとわたくしもおもいます。
なぜなら、このもりがわたくしへこのはなしをしたあとで、わたくしはさいふからありっきりのどうかをしちせんだして、おれいにやったのでしたが、このもりはなかなかうけとりませんでした。
このくらいきしょうがさっぱりとしていますから。
さてみんなはくろさかもりのいふことがもっともだとおもって、もうすこしきたへいきました。
それこそは、まつのまっくろなぬすともりでした。
ですからみんなも、「なからしてぬすとくさい。」といいながら、もりへはいっていって、「さああわかえせ。あわかえせ。」とどなりました。
するともりのおくから、まっくろなてのながいおおきなおおきなおとこがでてきて、まるでさけるようなこえでいいました。
「なんだと。おれをぬすとだと。そういうやつは、みんなたたきつぶしてやるぞ。ぜんたいなにのしょうこがあるんだ。」
「しょうにんがある。しょうにんがある。」とみんなはこたえました。
「たれだ。ちくしょう、そんなことをいうやつはたれだ。」とぬすともりはほえました。
「くろさかもりだ。」と、みんなもまけずにさけびました。
「あいつのいうことはてんであてにならん。ならん。ならん。ならんぞ。ちくしょう。」とぬすともりはどなりました。
みんなはもっともだとおもったり、おそろしくなったりしておたがいにかおをみあわせてにげだそうとしました。
するとにわかにあたまのうえで、「いやいや、それはならん。」というはっきりしたおごそかなこえがしました。
みるとそれは、ぎんのかんむりをかぶったいわてさんでした。
ぬすともりのくろいおとこは、あたまをかかえてちにたおれました。
いわてさんはしずかにいいました。
「ぬすとはたしかにぬすともりにそういない。おれはあけがた、ひがしのそらのひかりと、にしのつきのあかりとで、たしかにそれをみとどけた。しかしみんなももうかえってよかろう。あわはきっとかえさせよう。だからわるくおもわんでおけ。いったいぬすともりは、じぶんであわもちをこさえてみたくてたまらなかったのだ。それであわもぬすんできたのだ。はっはっは。」
そしていわてさんは、またすましてそらをむきました。
おとこはもうそのへんにみえませんでした。
みんなはあっけにとられてがやがやうちにかえってみましたら、あわはちゃんとなやにもどっていました。
そこでみんなは、わらってあわもちをこしらえて、よっつのもりにもっていきました。
なかでもぬすともりには、いちばんたくさんもっていきました。
そのかわりすこしすながはいっていたそうですが、それはどうもしかたなかったことでしょう。
さてそれからもりもすっかりみんなのともだちでした。
そしてまいねん、ふゆのはじめにはきっとあわもちをもらいました。
しかしそのあわもちも、じせつがら、ずいぶんちいさくなったが、これもどうもしかたがないと、くろさかもりのまんなかのまっくろなおおきないわがおしまいにいっていました。
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