『注文の多い料理店』
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【からすのほくとしちせい】

つめたいいじのわるいくもが、じべたにすれすれにたれましたので、のはらはゆきのあかりだか、ひのあかりだかわからないようになりました。
からすのぎゆうかんたいは、そのくもにおしつけられて、しかたなくちよっとのあいだ、とたんのいたをひろげたようなゆきのたんぼのうえによこにならんでかはくということをやりました。
どのふねもすこしもうごきません。
まっくろくなめらかなからすのたいい、わかいかんたいちょうもしゃんとたったままうごきません。
からすのだいかんとくはなおさらうごきもゆらぎもいたしません。
からすのだいかんとくは、もうずいぶんのとしよりです。
めがはいいろになってしまっていますし、なくとまるでわるいにんぎょうのようにぎいぎいいいます。
それですから、からすのとしをみわけるほうをしらないひとりのこどもが、いつかこういったのでした。
「おい、このまちにはのどのこわれたからすがにひきいるんだよ。おい。」
これはたしかにまちがいで、いっぴきしかおりませんでしたし、それもけっしてのどがこわれたのではなく、あんまりながいあいだ、そらでごうれいしたために、すっかりこえがさびたのです。
それですからからすのぎゆうかんたいは、そのこえをあらゆるおとのなかでいっとうだとおもっていました。
ゆきのうえに、かはくということをやっているからすのかんたいは、いしころのようです。
ごまつぶのようです。
またぼうえんきょうでよくみると、おおきなのやちいさなのがあってばれいしょのようです。
しかしだんだんゆうがたになりました。
くもがやっとすこしうえのほうにのぼりましたので、とにかくからすのとぶくらいのすきまができました。
そこでだいかんとくがいきをきらしてごうれいをかけます。
「えんしゅうはじめいおいっ、しゅっぱつ。」
かんたいちょうからすのたいいが、まっさきにぱっとゆきをたたきつけてとびあがりました。
からすのたいいのぶかがじゅうはっせき、じゅんじゅんにとびあがってたいいにつづいてきちんとかんかくをとってすすみました。
それからせんとうかんたいがさんじゅうにせき、つぎつぎにしゅっぱつし、そのつぎにだいかんとくのだいかんちょうがおごそかにまいあがりました。
そのときはもうまっさきのからすのたいいは、しへんほどそらでうずをまいてしまってくものはなっぱしまでいって、そこからこんどはまっすぐにむこうのもりにすすむところでした。
にじゅうきゅうせきのじゅんようかん、にじゅうごせきのほうかんが、だんだんだんだんとびあがりました。
おしまいのにせきは、いっしょにしゅっぱつしました。
ここらがどうもからすのぐんたいのふきりつなところです。
からすのたいいは、もりのすぐちかくまでいって、ひだりにまがりました。
そのときからすのだいかんとくが、「たいほううてっ。」とごうれいしました。
かんたいはいっせいに、があがあがあがあ、たいほうをうちました。
たいほうをうつとき、かたあしをぷんとうしろへあげるふねは、このまえのにだなとらのせんえきでのふしょうへいで、おとがまだあしのしんけいにひびくのです。
さて、そらをおおきくしへんまわったとき、だいかんとくが、「わかれっ、かいさん」といいながら、れつをはなれてすぎのきのだいかんとくかんしゃにおりました。
みんなれつをほごしてじぶんのえいしゃにかえりました。
からすのたいいは、けれども、すぐにじぶんのえいしゃにかえらないで、ひとり、にしのほうのさいかちのきにいきました。
くもはうすくろく、ただにしのやまのうえだけにごったみずいろのてんのふちがのぞいてそこびかりしています。
そこでからすなかまでましりいとよぶぎんのひとつぼしがひらめきはじめました。
からすのたいいは、やのようにさいかちのえだにおりました。
そのえだに、さっきからじっととまって、ものをあんじているからすがあります。
それはいちばんこえのいいほうかんで、からすのたいいのいいなずけでした。
「があがあ、おそくなってしっけい。きょうのえんしゅうでつかれないかい。」
「かあお、ずいぶんおまちしたわ。いっこうつかれなくてよ。」
「そうか。それはけっこうだ。しかしおれはこんどしばらくおまえとわかれなければなるまいよ。」
「あら、どうして、まあたいへんだわ。」
「せんとうかんたいちょうのはなしでは、おれはあしたやまがらすをおいにいくのだそうだ。」
「まあ、やまがらすはつよいのでしょう。」
「うん、めだまがでしゃばって、くちばしがほそくて、ちょっとみかけはえらそうだよ。しかしわけないよ。」
「ほんとう。」
「だいじょうぶさ。しかしもちろんせんそうのことだから、どういうはりあいでどんなことがあるかもわからない。そのときはおまえはね、おれとのやくそくはすっかりきえたんだから、ほかへいってくれ。」
「あら、どうしましょう。まあ、たいへんだわ。あんまりひどいわ、あんまりひどいわ。それではあたし、あんまりひどいわ、かあお、かあお、かあお、かあお」
「なくな、みっともない。そら、たれかきた。」
からすのたいいのぶか、からすのへいそうちょうがいそいでやってきて、くびをちょっとよこにかしげてれいをしていいました。
「があ、かんちょうどの、てんこのじかんでございます。いちどうせいれつしております。」
「よろしい、ほんかんはそっこくきたいする。おまえはさきにかえってよろしい。」
「しょうちいたしました。」
へいそうちょうはとんでいきます。
「さあ、なくな。あした、もいちどれつのなかであえるだろう。じょうぶでいるんだぞ。おい、おまえももうてんこだろう、すぐかえらなくてはいかん。てをだせ。」
にひきはしっかりてをにぎりました。
たいいはそれからえだをけって、いそいでじぶんのたいにかえりました。
むすめのからすは、もうえだにこおりついたように、じっとしてうごきません。
よるになりました。
それからよなかになりました。
くもがすっかりきえて、あたらしくやかれたはがねのそらに、つめたいつめたいひかりがみなぎり、ちいさなほしがいくつかれんごうしてばくはつをやり、すいしゃのしんぼうがきいきいいいます。
とうとううすいはがねのそらに、ぴちりとひびがはいって、まっぷたつにひらき、そのさけめから、あやしいながいうでがたくさんぶらさがって、からすをつかんでそらのてんじょうのむこうがわへもっていこうとします。
からすのぎゆうかんたいはもうそうがかかりです。
みんないそいでくろいももひきをはいていっしょうけんめいちゅうをかけめぐります。
あにきのからすもおとうとをかばうひまがなく、こいびとどうしもたびたびひどくぶっつかりあいます。
いや、ちがいました。
そうじゃありません。
つきがでたのです。
あおいひしげたはつかのつきが、ひがしのやまからないてのぼってきたのです。
そこでからすのぐんたいはもうすっかりあんしんしてしまいました。
たちまちもりはしずかになって、ただおびえてあしをふみはずしたわかいすいへいが、びっくりしてめをさまして、があといっぱつ、ねぼけごえのたいほうをうつだけでした。
ところがからすのたいいは、めがさえてねむれませんでした。
「おれはあしたせんしするのだ。」
たいいはつぶやきながら、いいなずけのいるもりのほうにあたまをまげました。
そのこんぶのようなくろいなめらかなこずえのなかでは、あのわかいこえのいいほうかんが、つぎからつぎといろいろなゆめをみているのでした。
からすのたいいとただふたり、ばたばたはねをならし、たびたびかおをみあわせながら、あおぐろいよるのそらを、どこまでもどこまでものぼっていきました。
もうまじえるさまとよぶからすのほくとしちせいが、おおきくちかくなって、そのひとつのほしのなかにはえているあおじろいりんごのきさえ、ありありとみえるころ、どうしたわけかふたりとも、きゅうにはねがいしのようにこわばって、まっさかさまにおちかかりました。
まじえるさまとさけびながらおどろいてめをさましますと、ほんとうにからだがえだからおちかかっています。
いそいではねをひろげしせいをなおし、たいいのいるほうをみましたが、またいつかうとうとしますと、こんどはやまがらすがはなめがねなどをかけてふたりのまえにやってきて、たいいにあくしゅしようとします。
たいいが、いかんいかん、といっててをふりますと、やまがらすはぴかぴかするぴすとるをだしていきなりずどんとたいいをいころし、たいいはなめらかなくろいむねをはってたおれかかります。
まじえるさまとさけびながらまたおどろいてめをさますというあんばいでした。
からすのたいいはこちらで、そのしせいをなおすはねのおとから、そらのまじえるをいのるこえまですっかりきいておりました。
じぶんもまたためいきをついて、そのうつくしいななつのまじえるのほしをあおぎながら、ああ、あしたのたたかいでわたくしがかつことがいいのか、やまがらすがかつのがいいのかそれはわたくしにわかりません、ただあなたのおかんがえのとおりです、わたくしはわたくしにきまったようにちからいっぱいたたかいます、みんなみんなあなたのおかんがえのとおりですとしずかにいのっておりました。
そしてひがしのそらにははやくもすこしのぎんひかりがわいたのです。
ふととおいつめたいきたのほうで、なにかかぎでもふれあったようなかすかなこえがしました。
からすのたいいはないとぐらすをてばやくとって、きっとそっちをみました。
ほしあかりのこちらのぼんやりしろいとうげのうえに、いっぽんのくりのきがみえました。
そのこずえにとまってそらをみあげているものは、たしかにてきのやまがらすです。
たいいのむねはいさましくおどりました。
「があ、ひじょうしょうしゅう、があ、ひじょうしょうしゅう。」
たいいのぶかはたちまちえだをけたててとびあがりたいいのまわりをかけめぐります。
「とっかん。」
からすのたいいはせんとうになってまっしぐらにきたへすすみました。
もうひがしのそらはあたらしくといだはがねのようなしろびかりです。
やまがらすはあわててえだをけたてました。
そしておおきくはねをひろげてきたのほうへにげだそうとしましたが、もうそのときはくちくかんたちはまわりをすっかりかこんでいました。
「があ、があ、があ、があ、があ。」
たいほうのおとはみみもつんぼになりそうです。
やまがらすはしかたなくあしをぐらぐらしながらうえのほうへとびあがりました。
たいいはたちまちそれにおいついて、そのまっくろなあたまにするどくひとつきくらわせました。
やまがらすはよろよろっとなってじめんにおちかかりました。
そこをへいそうちょうがよこからもうひとつきやりました。
やまがらすははいいろのまぶたをとじ、あけがたのとうげのゆきのうえにつめたくよこたわりました。
「があ、へいそうちょう。そのしがいをえいしゃまでもってかえるように。があ。ひきあげっ。」
「かしこまりました。」
つよいへいそうちょうはそのしがいをさげ、からすのたいいはじぶんのもりのほうにとびはじめじゅうはっせきはしたがいました。
もりにかえってからすのくちくかんは、みなほうほうしろいいきをはきました。
「けがはないか。たれかけがしたものはないか。」
からすのたいいはみんなをいたわってあるきました。
よがすっかりあけました。
もものしるのようなひのひかりは、まずやまのゆきにいっぱいにそそぎ、それからだんだんしたにながれて、ついにはそこらいちめん、ゆきのなかにしろゆりのはなをさかせました。
ぎらぎらのたいようが、かなしいくらいひかって、ひがしのゆきのおかのうえにかかりました。
「かんぺいしき、よういっ、あつまれい。」
だいかんとくがさけびました。
「かんぺいしき、よういっ、あつまれい。」
かくかんたいちょうがさけびました。
みんなすっかりゆきのたんぼにならびました。
からすのたいいはれつからはなれて、ぴかぴかするゆきのうえを、あしをすくすくのばしてまっすぐにはしってだいかんとくのまえにいきました。
「ほうこく、きょうあけがた、せぴらのとうげのうえにてきかんのていはくをみとめましたので、ほんかんたいはただちにしゅつどう、げきちんいたしました。わがぐんししゃなし。ほうこくおわりっ。」
くちくかんたいはもうあんまりうれしくて、あついなみだをぼろぼろゆきのうえにこぼしました。
からすのだいかんとくも、はいいろのめからなみだをながしていいました。
「ぎいぎい、ごくろうだった。ごくろうだった。よくやった。もうおまえはしょうさになってもいいだろう。おまえのぶかのじょくんはおまえにまかせる。」
からすのあたらしいしょうさは、おなかがすいてやまからでてきて、じゅうきゅうせきにかこまれてころされた、あのやまがらすをおもいだして、あたらしいなみだをこぼしました。
「ありがとうございます。ついてはてきのしがいをほうむりたいとおもいますが、おゆるしくださいましょうか。」
「よろしい。あつくほうむってやれ。」
からすのあたらしいしょうさはれいをしてだいかんとくのまえをさがり、れつにもどって、いままじえるのほしのいるあたりのあおぞらをあおぎました。
(ああ、まじえるさま、どうかにくむことのできないてきをころさないでいいようにはやくこのせかいがなりますように、そのためならば、わたくしのからだなどは、なんべんひきさかれてもかまいません。)
まじえるのほしが、ちょうどきているあたりのあおぞらから、あおいひかりがうらうらとわきました。
うつくしくまっくろなほうかんのからすは、そのあいだじゅう、みんなといっしょに、ふどうのしせいをとってならびながら、しじゅうきらきらきらきらなみだをこぼしました。
ほうかんちょうはそれをみないふりしていました。
あしたから、またいいなずけといっしょに、えんしゅうができるのです。
あんまりうれしいので、たびたびくちばしをおおきくあけて、まっかににっこうにすかせましたが、それもほうかんちょうはよこをむいてみのがしていました。