『注文の多い料理店』
Text6:読みを〈行〉単位で区切った(改行した)データ
【すいせんづきのよっか】
ゆきばんごは、とおくへでかけておりました。
ねこのようなみみをもち、ぼやぼやしたはいいろのかみをしたゆきばんごは、にしのさんみゃくの、ちぢれたぎらぎらのくもをこえて、とおくへでかけていたのです。
ひとりのこどもが、あかいけっとにくるまって、しきりにかりめらのことをかんがえながら、おおきなぞうのあたまのかたちをした、ゆきおかのすそを、せかせかうちのほうへいそいでおりました。
(そら、しんぶんがみをとがったかたちにまいて、ふうふうとふくと、すみからまるであおびがもえる。ぼくはかりめらなべにあかさとうをひとつまみいれて、それからざらめをひとつまみいれる。みずをたして、あとはくつくつくつとにるんだ。)
ほんとうにもういっしょうけんめい、こどもはかりめらのことをかんがえながらうちのほうへいそいでいました。
おひさまは、そらのずうっととおくのすきとおったつめたいとこで、まばゆいしろいひを、どしどしおたきなさいます。
そのひかりはまっすぐにしほうにはっしゃし、したのほうにおちてきては、ひっそりしただいちのゆきを、いちめんまばゆいせっかせっこうのいたにしました。
にひきのゆきおいのが、べろべろまっかなしたをはきながら、ぞうのあたまのかたちをした、ゆきおかのうえのほうをあるいていました。
こいつらはひとのめにはみえないのですが、いっぺんかぜにくるいだすと、だいちのはずれのゆきのうえから、すぐぼやぼやのゆきぐもをふんで、そらをかけまわりもするのです。
「しゅ、あんまりいっていけないったら。」
ゆきおいののうしろからしろくまのけがわのさんかくぼうしをあみだにかぶり、かおをりんごのようにかがやかしながら、ゆきわらすがゆっくりあるいてきました。
ゆきおいのどもはあたまをふってくるりとまわり、またまっかなしたをはいてはしりました。
「かしおぴいあ、/もうすいせんがさきだすぞ/おまえのがらすのみずぐるま/きっきとまわせ。」
ゆきわらすはまっさおなそらをみあげてみえないほしにさけびました。
そのそらからはあおびかりがなみになってゆくわくとふり、ゆきおいのどもは、ずうっととおくでほのおのようにあかいしたをべろべろはいています。
「しゅ、もどれったら、しゅ、」
ゆきわらすがはねあがるようにしてしかりましたら、いままでゆきにくっきりおちていたゆきわらすのかげぼうしは、ぎらっとしろいひかりにかわり、おいのどもはみみをたてていっさんにもどってきました。
「あんどろめだ、/あぜみのはながもうさくぞ、/おまえのらんぷのあるこおる、/しゅうしゅとふかせ。」
ゆきわらすは、かぜのようにぞうのかたちのおかにのぼりました。
ゆきにはかぜでかいがらのようなかたがつき、そのいただきには、いっぽんのおおきなくりのきが、うつくしいきんいろのやどりぎのまりをつけてたっていました。
「とっといで。」
ゆきわらすがおかをのぼりながらいいますと、いっぴきのゆきおいのは、しゅじんのちいさなはのちらっとひかるのをみるや、ごむまりのようにいきなりきにはねあがって、そのあかいみのついたちいさなえだを、がちがちかじりました。
きのうえでしきりにくびをまげているゆきおいののかげぼうしは、おおきくながくおかのゆきにおち、えだはとうとうあおいかわと、きいろのしんとをちぎられて、いまのぼってきたばかりのゆきわらすのあしもとにおちました。
「ありがとう。」
ゆきわらすはそれをひろいながら、しろとあいいろののはらにたっている、うつくしいまちをはるかにながめました。
かわがきらきらひかって、ていしゃばからはしろいけむりもあがっていました。
ゆきわらすはめをおかのふもとにおとしました。
そのやますそのほそいゆきみちを、さっきのあかけっとをきたこどもが、いっしんにやまのうちのほうへいそいでいるのでした。
「あいつはきのう、すみのそりをおしていった。さとうをかって、じぶんだけかえってきたな。」
ゆきわらすはわらいながら、てにもっていたやどりぎのえだを、ぷいっとこどもになげつけました。
えだはまるでたまのようにまっすぐにとんでいって、たしかにこどものめのまえにおちました。
こどもはびっくりしてえだをひろって、きょろきょろあちこちをみまわしています。
ゆきわらすはわらってかわむちをひとつひゅうとならしました。
すると、くももなくみがきあげられたようなぐんじょうのそらから、まっしろなゆきが、さぎのけのように、いちめんにおちてきました。
それはしたのへいげんのゆきや、びーるいろのにっこう、ちゃいろのひのきでできあがった、しずかなきれいなにちようびを、いっそううつくしくしたのです。
こどもは、やどりぎのえだをもって、いっしょうけんめいにあるきだしました。
けれども、そのりっぱなゆきがおちきってしまったころから、おひさまはなんだかそらのとおくのほうへおうつりになって、そこのおたびやで、あのまばゆいしろいひを、あたらしくおたきなされているようでした。
そしてにしきたのほうからは、すこしかぜがふいてきました。
もうよほど、そらもつめたくなってきたのです。
ひがしのとおくのうみのほうでは、そらのしかけをはずしたような、ちいさなかたっというおとがきこえ、いつかまっしろなかがみにかわってしまったおひさまのめんを、なにかちいさなものがどんどんよこぎってゆくようです。
ゆきわらすはかわむちをわきのしたにはさみ、かたくうでをくみ、くちびるをむすんで、そのかぜのふいてくるほうをじっとみていました。
おいのどもも、まっすぐにくびをのばして、しきりにそっちをのぞみました。
かぜはだんだんつよくなり、あしもとのゆきは、さらさらさらさらうしろへながれ、まもなくむこうのさんみゃくのいただきに、ぱっとしろいけむりのようなものがたったとおもうと、もうにしのほうは、すっかりはいいろにくらくなりました。
ゆきわらすのめは、するどくもえるようにひかりました。
そらはすっかりしろくなり、かぜはまるでひきさくよう、はやくもかわいたこまかなゆきがやってきました。
そこらはまるではいいろのゆきでいっぱいです。
ゆきだかくもだかもわからないのです。
おかのかどは、もうあっちもこっちも、みんないちどに、きしるようにきるようになりだしました。
ちへいせんもまちも、みんなくらいけむりのむこうになってしまい、ゆきわらすのしろいかげばかり、ぼんやりまっすぐにたっています。
そのさくようなほえるよやうなかぜのおとのなかから、「ひゅう、なにをぐずぐずしているの。さあふらすんだよ。ふらすんだよ。ひゅうひゅうひゅう、ひゅひゅう、ふらすんだよ、とばすんだよ、なにをぐずぐずしているの。こんなにいそがしいのにさ。ひゅう、ひゅう、むこうからさえわざとさんにんつれてきたじゃないか。さあ、ふらすんだよ。ひゅう。」
あやしいこえがきこえてきました。
ゆきわらすはまるででんきにかかったようにとびたちました。
ゆきばんごがやってきたのです。
ぱちっ、ゆきわらすのかわむちがなりました。
おいのどもはいっぺんにはねあがりました。
ゆきわらすはかおいろもあおざめ、くちびるもむすばれ、ぼうしもとんでしまいました。
「ひゅう、ひゅう、さあしっかりやるんだよ。なまけちゃいけないよ。ひゅう、ひゅう。さあしっかりやっておくれ。きょうはここらはすいせんづきのよっかだよ。さあしっかりさ。ひゅう。」
ゆきばんごの、ぼやぼやつめたいしらがは、ゆきとかぜとのなかでうずになりました。
どんどんかけるくろくものあいだから、そのとがったみみと、ぎらぎらひかるきんのめもみえます。
にしのほうののはらからつれてこられたさんにんのゆきわらすも、みんなかおいろにちのけもなく、きちっとくちびるをかんで、おたがいあいさつさえもかわさずに、もうつづけざませわしくかわむちをならしいったりきたりしました。
もうどこがおかだかゆきけむりだかそらだかさえもわからなかったのです。
きこえるものはゆきばんごのあちこちいったりきたりしてさけぶこえ、おたがいのかわむちのおと、それからいまはゆきのなかをかけあるくくひきのゆきおいのどものいきのおとばかり、そのなかからゆきわらすはふと、かぜにけされてないているさっきのこどものこえをききました。
ゆきわらすのひとみはちょっとおかしくもえました。
しばらくたちどまってかんがえていましたがいきなりはげしくむちをふってそっちへはしったのです。
けれどもそれはほうがくがちがっていたらしくゆきわらすはずうっとみなみのほうのくろいまつやまにぶつつかりました。
ゆきわらすはかわむちをわきにはさんでみみをすましました。
「ひゅう、ひゅう、なまけちゃしょうちしないよ。ふらすんだよ、ふらすんだよ。さあ、ひゅう。きょうはすいせんづきのよっかだよ。ひゅう、ひゅう、ひゅう、ひゅうひゅう。」
そんなはげしいかぜやゆきのこえのあいだからすきとおるようななきごえがちらっとまたきこえてきました。
ゆきわらすはまっすぐにそっちへかけていきました。
ゆきばんごのふりみだしたかみが、そのかおにきみわるくさわりました。
とうげのゆきのなかに、あかいけっとをかぶったさっきのこが、かぜにかこまれて、もうあしをゆきからぬけなくなってよろよろたおれ、ゆきにてをついて、おきあがろうとしてないていたのです。
「けっとをかぶって、うつむけになっておいで。けっとをかぶって、うつむけになっておいで。ひゅう。」
ゆきわらすははしりながらさけびました。
けれどもそれはこどもにはただかぜのこえときこえ、そのかたちはめにみえなかったのです。
「うつむけにたおれておいで。ひゅう。うごいちゃいけない。じきやむからけっとをかぶってたおれておいで。」
ゆきわらすはかけもどりながらまたさけびました。
こどもはやっぱりおきあがろうとしてもがいていました。
「たおれておいで、ひゅう、だまってうつむけにたおれておいで、きょうはそんなにさむくないんだからこごえやしない。」
ゆきわらすは、もいちどはしりぬけながらさけびました。
こどもはくちをびくびくまげてなきながらまたおきあがろうとしました。
「たおれているんだよ。だめだねえ。」
ゆきわらすはむこうからわざとひどくつきあたってこどもをたおしました。
「ひゅう、もっとしっかりやっておくれ、なまけちゃいけない。さあ、ひゅう」
ゆきばんごがやってきました。
そのさけたようにむらさきなくちもとがったはもぼんやりみえました。
「おや、おかしなこがいるね、そうそう、こっちへとっておしまい。すいせんづきのよっかだもの、ひとりやふたりとったっていいんだよ。」
「ええ、そうです。さあ、しんでしまえ。」
ゆきわらすはわざとひどくぶっつかりながらまたそっといいました。
「たおれているんだよ。うごいちゃいけない。うごいちゃいけないったら。」
おいのどもがきちがいのようにかけめぐり、くろいあしはゆきくものあいだからちらちらしました。
「そうそう、それでいいよ。さあ、ふらしておくれ。なまけちゃしょうちしないよ。ひゅうひゅうひゅう、ひゅひゅう。」
ゆきばんごは、またむこうへとんでいきました。
こどもはまたおきあがろうとしました。
ゆきわらすはわらいながら、もいちどひどくつきあたりました。
もうそのころは、ぼんやりくらくなって、まださんじにもならないのに、ひがくれるようにおもわれたのです。
こどもはちからもつきて、もうおきあがろうとしませんでした。
ゆきわらすはわらいながら、てをのばして、そのあかいけっとをうえからすっかりかけてやりました。
「そうしてねむっておいで。ふとんをたくさんかけてあげるから。そうすればこごえないんだよ。あしたのあさまでかりめらのゆめをみておいで。」
ゆきわらすはおなじとこをなんべんもかけて、ゆきをたくさんこどものうえにかぶせました。
まもなくあかいけっともみえなくなり、あたりとのたかさもおなじになってしまいました。
「あのこどもは、ぼくのやったやどりぎをもっていた。」
ゆきわらすはつぶやいて、ちょっとなくようにしました。
「さあ、しっかり、きょうはよるのにじまでやすみなしだよ。ここらはすいせんづきのよっかなんだから、やすんじゃいけない。さあ、ふらしておくれ。ひゅう、ひゅうひゅう、ひゅひゅう。」
ゆきばんごはまたとおくのかぜのなかでさけびました。
そして、かぜとゆきと、ぼさぼさのはいのようなくものなかで、ほんとうにひはくれゆきはよるじゅうふってふってふったのです。
やっとよあけにちかいころ、ゆきばんごはもいちど、みなみからきたへまっすぐにはせながらいいました。
「さあ、もうそろそろやすんでいいよ。あたしはこれからまたうみのほうへいくからね、だれもついてこないでいいよ。ゆっくりやすんでこのつぎのしたくをしておいておくれ。ああまあいいあんばいだった。すいせんづきのよっかがうまくすんで。」
そのめはやみのなかでおかしくあおくひかり、ばさばさのかみをうずまかせくちをびくびくしながら、ひがしのほうへかけていきました。
のはらもおかもほっとしたようになって、ゆきはあおじろくひかりました。
そらもいつかすっかりはれて、ききょういろのてんきゅうには、いちめんのせいざがまたたきました。
ゆきわらすらは、めいめいじぶんのおいのをつれて、はじめておたがいあいさつしました。
「ずいぶんひどかったね。」
「ああ、」
「こんどはいつあうだろう。」
「いつだろうねえ、しかしことしじゅうに、もうにへんぐらいのもんだろう。」
「はやくいっしょにきたへかえりたいね。」
「ああ。」
「さっきこどもがひとりしんだな。」
「だいじょうぶだよ。ねむってるんだ。あしたあすこへぼくしるしをつけておくから。」
「ああ、もうかえろう。よあけまでにむこうへいかなくちゃ。」
「まあいいだろう。ぼくね、どうしてもわからない。あいつはかしおぺーあのみつぼしだろう。みんなあおいひなんだろう。それなのに、どうしてひがよくもえれば、ゆきをよこすんだろう。」
「それはね、でんきがしとおなじだよ。そら、ぐるぐるぐるまわっているだろう。ざらめがみんな、ふわふわのおかしになるねえ、だからひがよくもえればいいんだよ。」
「ああ。」
「じゃ、さよなら。」
「さよなら。」
さんにんのゆきわらすは、きゅう[→く]ひきのゆきおいのをつれて、にしのほうへかえっていきました。
まもなくひがしのそらがきばらのようにひかり、こはくいろにかがやき、きんにもえだしました。
おかものはらもあたらしいゆきでいっぱいです。
ゆきおいのどもはつかれてぐったりすわっています。
ゆきわらすもゆきにすわってわらいました。
そのほほはりんごのよう、そのいきはゆりのようにかおりました。
ぎらぎらのおひさまがおのぼりになりました。
けさはあおみがかっていっそうりっぱです。
にっこうはももいろにいっぱいにながれました。
ゆきおいのはおきあがっておおきくくちをあき、そのくちからはあおいほのおがゆらゆらともえました。
「さあ、おまえたちはぼくについておいで。よがあけたから、あのこどもをおこさなきゃいけない。」
ゆきわらすははしって、あのきのうのこどものうずまっているとこへいきました。
「さあ、ここらのゆきをちらしておくれ。」
ゆきおいのどもは、たちまちあとあしで、そこらのゆきをけたてました。
かぜがそれをけむりのようにとばしました。
かんじきをはきけがわをきたひとが、むらのほうからいそいでやってきました。
「もういいよ。」
ゆきわらすはこどものあかいけっとのはじが、ちらっとゆきからでたのをみてさけびました。
「おとうさんがきたよ。もうめをおさまし。」
ゆきわらすはうしろのおかにかけあがっていっぽんのゆきけむりをたてながらさけびました。
こどもたちはちらっとうごいたようでした。
そしてけがわのひとはいっしょうけんめいはしってきました。
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