『注文の多い料理店』
Text6:読みを〈行〉単位で区切った(改行した)データ

【やまおとこのしがつ】

やまおとこは、きんいろのめをさらのようにし、せなかをかがめて、にしねやまのひのきばやしのなかを、うさぎをねらってあるいていました。
ところが、うさぎはとれないで、やまどりがとれたのです。
それはやまどりが、びっくりしてとびあがるとこへ、やまおとこがりょうてをちぢめて、てっぽうだまのようにからだをなげつけたものですから、やまどりははんぶんつぶれてしまいました。
やまおとこはかおをまっかにし、おおきなくちをにやにやまげてよろこんで、そのぐったりくびをたれたやまどりを、ぶらぶらふりまわしながらもりからでてきました。
そしてひあたりのいいみなみむきのかれしばのうえに、いきなりえものをなげだして、ばさばさのあかいかみけをゆびでかきまわしながら、かたをまるくしてごろりとねころびました。
どこかでことりもちっちっとなき、かれくさのところどころにやさしくさいたむらさきいろのかたくりのはなもゆれました。
やまおとこはあおむけになって、あおいああおいそらをながめました。
おひさまはあかときんでぶちぶちのやまなしのよう、かれくさのいいにほいがそこらをながれ、すぐうしろのさんみゃくでは、ゆきがこんこんとしろいごこうをだしているのでした。
(あめというものはうまいものだ。てんとはあめをうんとこさえているが、なかなかおれにはくれない。)
やまおとこがこんなことをぼんやりかんがえていますと、そのすみきったあおいそらをふわふわうるんだくもが、あてもなくひがしのほうへとんでいきました。
そこでやまおとこは、のどのとおくのほうを、ごろごろならしながら、またかんがえました。
(ぜんたいくもというものは、かぜのぐあいで、いったりきたりぽかっとなくなってみたり、にわかにまたでてきたりするもんだ。そこでくもすけとこういうのだ。)
そのときやまおとこは、なんだかむやみにあしとあたまがかるくなって、さかさまにくうきのなかにうかぶような、へんなきもちになりました。
もうやまおとここそくもすけのように、かぜにながされるのか、ひとりでにとぶのか、どこというあてもなく、ふらふらあるいていたのです。
(ところがここはななつもりだ。ちゃんとななっつ、もりがある。まつのいっぱいはえてるのもある、ぼうずできいろなのもある。そしてここまできてみると、おれはまもなくまちへいく。まちへはいっていくとすれば、ばけないとなぐりころされる。)
やまおとこはひとりでこんなことをいいながら、どうやらひとりまえのきこりのかたちにばけました。
そしたらもうすぐ、そこがまちのいりぐちだったのです。
やまおとこは、まだどうもあたまがあんまりかるくて、からだのつりあいがよくないとおもいながら、のそのそまちにはいりました。
いりぐちにはいつものさかなやがあって、しおざけのきたないたわらだの、くしゃくしゃになったいわしのつらだのがだいにのり、のきにはあかぐろいゆでだこが、いつつつるしてありました。
そのたこを、もうつくづくとやまおとこはながめたのです。
(あのいぼのあるあかいあしのまがりぐあいは、ほんとうにりっぱだ。ぐんやくしょのぎての、じょうばずぼんをはいたあしよりまだりっぱだ。こういうものが、うみのそこのあおいくらいところを、おおきくめをあいてはっているのはじっさいえらい。)
やまおとこはおもわずゆびをくわいてたちました。
するとちょうどそこを、おおきなにもつをしょった、きたないあさぎふくのしなじんが、きょろきょろあたりをみまわしながら、とおりかかって、いきなりやまおとこのかたをたたいていいました。
「あなた、しなたんものよろしいか。ろくしんがんたいさんやすい。」
やまおとこはびっくりしてふりむいて、「よろしい。」とどなりましたが、あんまりじぶんのこえがたかかったために、まるいかぎをもち、かみをわけげたをはいたさかなやのしゅじんや、けらをきたむらのひとたちが、みんなこっちをみているのにきがついて、すっかりあわてていそいでてをふりながら、こごえでいいなおしました。
「いや、そうだない。かう、かう。」
するとしなじんは「かわない、それかまわない、ちょっとみるだけよろしい。」といいながら、さなかのにもつをみちのまんなかにおろしました。
やまおとこはどうもそのしなじんのぐちゃぐちゃしたあかいめが、とかげのようでへんにこわくてしかたありませんでした。
そのうちにしなじんは、てばやくにもつへかけたきいろのさなだひもをといてふろしきをひらき、こうりのふたをとってたんもののいちばんうえにたくさんならんだかみばこのあいだから、ちいさなあかいくすりびんのようなものをつかみだしました。
(おやおや、あのてのゆびはずいぶんほそいぞ。つめもあんまりとがっているしいよいよこわい。)
やまおとこはそっとこうおもいました。
しなじんはそのうちに、まるでこゆびぐらいあるがらすのこっぷをふたつだして、ひとつをやまおとこにわたしました。
「あなた、このくすりのむよろしい。どくない。けっしてどくない。のむよろしい。わたしさきのむ。しんぱいない。わたしびーるのむ、おちゃのむ。どくのまない。これながいきのくすりある。のむよろしい。」
しなじんはもうひとりでかぷっとのんでしまいました。
やまおとこはほんとうにのんでいいだろうかとあたりをみますと、じぶんはいつかまちのなかでなく、そらのようにあおいひろいのはらのまんなかに、めのふちのあかいしなじんとたったふたり、にもつをあいだにおいてむかいあってたっているのでした。
ふたりのかげがまっくろにくさにおちました。
「さあ、のむよろしい。ながいきのくすりある。のむよろしい。」
しなじんはとがったゆびをつきだして、しきりにすすめるのでした。
やまおとこはあんまりこまってしまって、もうのんでにげてしまおうとおもって、いきなりぷいっとそのくすりをのみました。
するとふしぎなことには、やまおとこはだんだんからだのでこぼこがなくなって、ちぢまって、たいらになってちいさくなって、よくしらべてみると、どうもいつかちいさなはこのようなものにかわってくさのうえにおちているらしいのでした。
(やられた、ちくしょう、とうとうやられた、さっきからあんまりつめがとがってあやしいとおもっていた。ちくしょう、すっかりうまくだまされた。)
やまおとこはくやしがってばたばたしようとしましたが、もうただひとはこのちいさなろくしんがんですからどうにもしかたありませんでした。
ところがしなじんのほうはおおよろこびです。
ひょいひょいとりょうあしをかわるがわるあげてとびあがり、ぽんぽんとてであしのうらをたたきました。
そのおとはつづみのように、のはらのとおくのほうまでひびきました。
それからしなじんのおおきなてが、いきなりやまおとこのめのまえにでてきたとおもうと、やまおとこはふらふらとたかいところにのぼり、まもなくにもつのあのかみばこのあいだにおろされました。
おやおやとおもっているうちにうえからぱたっとこうりのふたがおちてきました。
それでもにっこうはこうりのめからうつくしくすきとおってみえました。
(たうたうろうにおれははいった。それでもやっぱり、おひさまはそとでてっている。)
やまおとこはひとりでこんなことをつぶやいてむりにかなしいのをごまかそうとしました。
するとこんどは、きゅうにもっとくらくなりました。
(ははあ、ふろしきをかけたな。いよいよなさけないことになった。これからくらいたびになる。)
やまおとこはなるべくおちついてこういいました。
するとおどろいたことはやまおとこのすぐよこでものをいうやつがあるのです。
「おまえさんはどこからきなすったね。」
やまおとこははじめぎくっとしましたが、すぐ、(ははあ、ろくしんがんというものは、みんなおれのようなぐあいににんげんがくすりでかいりょうされたもんだな。よしよし、)とかんがえて、「おれはさかなやのまえからきた。」とはらにちからをいれてこたえました。
するとそとからしなじんがかみつくようにどなりました。
「こえあまりたかい。しずかにするよろしい。」
やまおとこはさっきから、しなじんがむやみにしゃくにさわっていましたので、このときはもういっぺんにかっとしてしまいました。
「なんだと。なにをぬかしやがるんだ。どろぼうめ。きさまがまちへはいったら、おれはすぐ、このしなじんはあやしいやつだとどなってやる。さあどうだ。」
しなじんは、そとでしんとしてしまいました。
じつにしばらくのあいだ、しいんとしていました。
やまおとこはこれはしなじんが、りょうてをむねでかさねてないているのかなともおもいました。
さうしてみると、いままでとうげやはやしのなかで、にもつをおろしてなにかひどくかんがえこんでいたようなしなじんは、みんなこんなことをだれかにいわれたのだなとかんがえました。
やまおとこはもうすっかりかあいそうになって、いまのはうそだよといおうとしていましたら、そとのしなじんがあわれなしわがれたこえでいいました。
「それ、あまりどうじょうない。わたししょうばいたたない。わたしおまんまたべない。わたしおうじょうする、それ、あまりどうじょうない。」
やまおとこはもうしなじんが、あんまりきのどくになってしまって、おれのからだなどは、しなじんがろくじゅっせんもうけてやどやにいって、いわしのあたまやなっぱじるをたべるかわりにくれてやろうとおもいながらこたえました。
「しなじんさん、もういいよ。そんなになかなくてもいいよ。おれはまちにはいったら、あまりこえをださないようにしよう。あんしんしな。」
するとそとのしなじんは、やっとむねをなでおろしたらしく、ほおといういきのこえも、ぽんぽんとあしをたたいているおともきこえました。
それからしなじんは、にもつをしょったらしく、くすりのかみばこは、たがいにがたがたぶっつかりました。
「おい、だれだい。さっきおれにものをいいかけたのは。」
やまおとこがこういいましたら、すぐとなりからへんじがきました。
「わしだよ。そこでさっきのはなしのつづきだがね、おまえはさかなやのまえからきたとすると、いますずきがいっぴきいくらするか、またほしたふかのひれが、じってーるになんぎんくるかしってるだろうな。」
「さあ、そんなものは、あのさかなやにはいなかったようだぜ。もっともたこはあったがなあ。あのたこのあしつきはよかったなあ。」
「へい。そんないいたこかい。わしもたこはだいすきでな。」
「うん、だれだってたこのきらいなひとはない。あれをきらいなくらいなら、どうせろくなやつじゃないぜ。」
「まったくさうだ。たこぐらいりっぱなものは、まあせかいじゅうにないな。」
「そうさ。おまえはいったいどこからきた。」
「おれかい。しゃんはいだよ。」
「おまえはするとやっぱりしなじんだろう。しなじんというものはくすりにされたり、くすりにしてそれをうってあるいたりきのどくなもんだな。」
「そうでない。ここらをあるいてるものは、みんなちんのようないやしいやつばかりだが、ほんとうのしなじんなら、いくらでもえらいりっぱなひとがある。われわれはみなこうしせいじんのすえなのだ。」
「なんだかわからないが、おもてにいるやつはちんというのか。」
「さうだ。あああつい、ふたをとるといいなあ。」
「うん。よし。おい、ちんさん。どうもむしあつくていかんね。すこしかぜをいれてもらいたいな。」
「もすこしまつよろしい。」
ちんがそとでいいました。
「はやくかぜをいれないと、おれたちはみんなむれてしまう。おまえのそんになるよ。」
するとちんがそとでおろおろこえをだしました。
「それ、もともこまる、がまんしてくれるよろしい。」
「がまんもなにもないよ、おれたちがすきでむれるんじゃないんだ。ひとりでにむれてしまうさ。はやくふたをあけろ。」
「もにじっぷんまつよろしい。」
「えい、しかたない。そんならもすこしいそいであるきな。しかたないな。ここにいるのはおまへだけかい。」
「いいや、まだたくさんいる。みんなないてばかりいる。」
「そいつはかあいさうだ。ちんはわるいやつだ。なんとかおれたちは、もいちどもとのかたちにならないだろうか。」
「それはできる。おまえはまだ、ほねまでろくしんがんになっていないから、がんやくさえのめばもとへもどる。おまえのすぐよこに、そのくろいがんやくのびんがある。」
「そうか。そいつはいい、それではすぐのもう。しかし、おまえさんたちはのんでもだめか。」
「だめだ。けれどもおまえがのんでもとのとおりになってから、おれたちをみんなみずにつけて、よくもんでもらいたい。それからがんやくをのめばきっとみんなもとへもどる。」
「そうか。よし、ひきうけた。おれはきっとおまえたちをみんなもとのようにしてやるからな。がんやくというのはこれだな。そしてこっちのびんはにんげんがろくしんがんになるほうか。ちんもさっきおれといっしょにこのみずぐすりをのんだがね、どうしてろくしんがんにならなかったろう。」
「それはいっしょにがんやくをのんだからだ。」
「ああ、そうか。もしちんがこのがんやくだけのんだらどうなるだろう。かわらないにんげんがまたもとのにんげんにかわるとどうもへんだな。」
そのときおもてでちんが、「しなたものよろしいか。あなた、しなたものかうよろしい。」というこえがしました。
「ははあ、はじめたね。」
やまおとこはそっとこういっておもしろがっていましたら、にわかにふたがあいたので、もうまぶしくてたまりませんでした。
それでもむりやりそっちをみますと、ひとりのおかっぱのこどもが、ぽかんとちんのまえにたっていました。
ちんはもうがんやくをひとつぶつまんで、くちそばへもっていきながら、みずぐすりとこっぷをだして、「さあ、のむよろしい。これながいきのくすりある。さあのむよろしい。」とやっています。
「はじめた、はじめた。いよいよはじめた。」
こうりのなかでたれかがいいました。
「わたしびーるのむ、おちゃのむ、どくのまない。さあ、のむよろしい。わたしのむ。」
そのときやまおとこは、がんやくをひとつぶそっとのみました。
すると、めりめりめりめりっ。
やまおとこはすっかりもとのような、あかがみのりっぱなからだになりました。
ちんはちょうどがんやくをみずぐすりといっしょにのむところでしたが、あまりびっくりして、みずぐすりはこぼしてがんやくだけのみました。
さあ、たいへん、みるみるちんのあたまがめらあっとのびて、いままでのばいになり、せいがめきめきたかくなりました。
そして「わぁ。」といいながらやまおとこにつかみかかりました。
やまおとこはまんまるになっていっしょうけんめいにげました。
ところがいくらはしろうとしても、あしがからはしりということをしているらしいのです。
とうとうせなかをつかまれてしまいました。
「たすけてくれ、わぁ、」とやまおとこがさけびました。
そしてめをひらきました。
みんなゆめだったのです。
くもはひかってそらをかけ、かれくさはかんばしくあたたかです。
やまおとこはしばらくぼんやりして、なげだしてあるやまどりのきらきらするはねをみたり、ろくしんがんのかみばこをみずにつけてもむことなどをかんがえていましたがいきなりおおきなあくびをひとつしていいました。
「ええ、ちくしょう、ゆめのなかのこった。ちんもろくしんがんもどうにでもなれ。」
それからあくびをもひとつしました。