『注文の多い料理店』
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【つきよのでんしんばしら】

あるばん、きょういちはぞうりをはいて、すたすたてつどうせんろのよこのたいらなところをあるいておりました。
たしかにこれはばっきんです。
おまけにもしきしゃがきて、まどからながいぼうなどがでていたら、いっぺんになぐりころされてしまったでしょう。
ところがそのばんは、せんろみまわりのこうふもこず、まどからぼうのでたきしゃにもあいませんでした。
そのかわり、どうもじつにへんてこなものをみたのです。
ここのかのつきがそらにかかっていました。
そしてうろこぐもがそらいっぱいでした。
うろこぐもはみんな、もうつきのひかりがはらわたのそこまでもしみとおってよろよろするというふうでした。
そのくものすきまからときどきつめたいほしがぴっかりぴっかりかおをだしました。
きょういちはすたすたあるいて、もうむこうにていしゃばのあかりがきれいにみえるとこまできました。
ぽつんとしたまっかなあかりや、いおうのほのほのようにぼうとしたむらさきいろのあかりやらで、めをほそくしてみると、まるでおおきなおしろがあるようにおもわれるのでした。
とつぜん、みぎてのしぐなるばしらが、がたんとからだをゆすぶって、うえのしろいよこぎをななめめにしたのほうへぶらさげました。
これはべつだんふしぎでもなんでもありません。
つまりしぐなるがさがったというだけのことです。
ひとばんにじゅうしかいもあることなのです。
ところがそのつぎがたいへんです。
さっきからせんろのひだりがわで、がん、がんとうなっていたでんしんばしらのれつがおおいばりでいっぺんにきたのほうへあるきだしました。
みんなむつのせともののえぼれっとをかざり、てっぺんにはりがねのやりをつけたとたんのしやっぽをかぶって、かたあしでひょいひょいやっていくのです。
そしていかにもきょういちをばかにしたように、じろじろよこめでみてとおりすぎます。
うなりもだんだんたかくなって、いまはいかにもむかしふうのりっぱなぐんかにかわってしまいました。
「どっててどってて、どっててど、/でんしんばしらのぐんたいは/はやさせかいにたぐいなし/どっててどってて、どっててど/でんしんばしらのぐんたいは/きりつせかいにならびなし。」
いっぽんのでんしんばしらが、ことにかたをそびやかして、まるでうでぎもがりがりなるくらいにしてとおりました。
みるとむこうのほうを、ろっぽんうでぎのにじゅうにのせともののえぼれっとをつけたでんしんばしらのれつが、やはりいっしよにぐんかをうたってすすんでいきます。
「どっててどってて、どっててど/にほんうでぎのこうへいたい/ろっぽんうでぎのりゅうきへい/どっててどってて、どっててど/いちれついちまんごせんにん/はりがねかたくむすびたり」
どういうわけか、にほんのはしらがうでぎをくんで、びっこをひいていっしよにやってきました。
そしていかにもつかれたようにふらふらあたまをふって、それからくちをまげてふうといきをつき、よろよろたおれそうになりました。
するとすぐうしろからきたげんきのいいはしらがどなりました。
「おい、はやくあるけ。はりがねがたるむじやないか。」
ふたりはいかにもつらそうに、いっしよにこたえました。
「もうつかれてあるけない。あしさきがくさりだしたんだ。ながぐつのたーるもなにももうめちゃくちゃになってるんだ。」
うしろのはしらはもどかしそうにさけびました。
「はやくあるけ、あるけ。きさまらのうち、どっちかがまいってもいちまんごせんにんみんなせきにんがあるんだぞ。あるけったら。」
ふたりはしかたなくよろよろあるきだし、つぎからつぎとはしらがどんどんやってきます。
「どっててどってて、どっててど/やりをかざれるとたんぼう/すねははしらのごとくなり。/どっててどってて、どっててど/かたにかけたるえぼれっと/おもきつとめをしめすなり。」
ふたりのかげももうずうっととおくのろくしょういろのはやしのほうへいってしまい、つきがうろこぐもからぱっとでて、あたりはにわかにあかるくなりました。
でんしんばしらはもうみんな、ひじょうなごきげんです。
きょういちのまえにくると、わざとかたをそびやかしたり、よこめでわらったりしてすぎるのでした。
ところがおどろいたことは、ろっぽんうでぎのまたむこうに、さんぼんうでぎのまっかなえぼれっとをつけたへいたいがあるいていることです。
そのぐんかはどうも、ふしもうたもこっちのほうとちがうようでしたが、こっちのこえがあまりたかいために、なにをうたっているのかききとることができませんでした。
こっちはあいかわらずどんどんやっていきます。
「どっててどってて、どっててど、/さむさはだえをつんざくも/などでうでぎをおろすべき/どっててどってて、どっててど/あつさいおうをとかすとも/いかでおとさんえぼれっと。」
どんどんどんどんやっていき、きょういちはみているのさえすこしつかれてぼんやりなりました。
でんしんばしらは、まるでかわのみずのように、つぎからつぎとやってきます。
みんなきょういちのことをみていくのですけれども、きょういちはもうあたまがいたくなってだまってしたをみていました。
にわかにとおくからぐんかのこえにまじって、「おいちに、おいちに、」というしわがれたこえがきこえてきました。
きょういちはびっくりしてまたかおをあげてみますと、れつのよこをせいのひくいかおのきいろなじいさんがまるでぼろぼろのねずみいろのがいとうをきて、でんしんばしらのれつをみまわしながら「おいちに、おいちに、」とごうえれいをかけてやってくるのでした。
じいさんにみられたはしらは、まるできのようにかたくなって、あしをしやちほこばらせて、わきめもふらずすすんでいき、そのへんなじいさんは、もうきょういちのすぐまえまでやってきました。
そしてよこめでしばらくきょういちをみてから、でんしんばしらのほうへむいて、「なみあしい、おいっ。」とごうれいをかけました。
そこででんしんばしらはすこしほちょうをくずして、やっぱりぐんかをうたっていきました。
「どっててどってて、どっててど、/みぎとひだりのさあべるは/たぐいもあらぬほそみなり。」
じいさんはきょういちのまえにとまって、からだをすこしかがめました。
「こんばんは、おまえはさっきからこうぐんをみていたのかい。」
「ええ、みてました。」
「そうか、じやしかたない。ともだちになろう、さあ、あくしゅしよう。」
じいさんはぼろぼろのがいとうのそでをはらって、おおきなきいろなてをだしました。
きょういちもしかたなくてをだしました。
じいさんが「やっ、」といってそのてをつかみました。
するとじいさんのめだまから、とらのようにあおいひばながぱちぱちっとでたとおもうと、きょういちはからだがびりりっとしてあぶなくうしろへたおれそうになりました。
「ははあ、だいぶひびいたね、これでごくよわいほうだよ。わしともすこしつよくあくしゅすればまあくろこげだね。」
へいたいはやはりずんずんあるいていきます。
「どっててどってて、どっててど、/たーるをぬれるながくつの/ほはばはさんびゃくろくじゅうしゃく。」
きょういちはすっかりこわくなって、はががちがちなりました。
じいさんはしばらくつきやくものぐあいをながめていましたが、あまりきょういちがあおくなってがたがたふるえているのをみて、きのどくになったらしく、すこししずかにこういいました。
「おれはでんきそうちょうだよ。」
きょういちもすこしあんしんして「でんきそうちょうというのは、やはりでんきのいっしゅですか。」とききました。
するとじいさんはまたむっとしてしまいました。
「わからんこどもだな。ただのでんきではないさ。つまり、でんきのすべてのちょう、ちょうというのはかしらとよむ。とりもなおさずでんきのたいしょうということだ。」
「たいしょうならずいぶんおもしろいでしょう。」
きょういちがぼんやりたずねますと、じいさんはかおをまるでめちゃくちゃにしてよろこびました。
「はっはっは、おもしろいさ。それ、そのこうへいも、そのりゅうきへいも、むこうのてきだんぺいも、みんなおれのへいたいだからな。」
じいさんはぷっとすまして、かたっぽうのほおをふくらせてそらをあおぎました。
それからちようどまえをとおっていくいっぽんのでんしんばしらに、「こらこら、なぜわきみをするか。」とどなりました。
するとそのはしらはまるでとびあがるくらいびっくりして、あしがぐにゃんとまがりあわててまっすぐをむいてあるいていきました。
つぎからつぎとどしどしはしらはやってきます。
「ゆうめいなはなしをおまえはしってるだろう。そら、むすこが、えんぐらんど、ろんどんにいて、おやじがすこっとらんど、かるくしゃいやにいた。むすこがおやじにでんぽうをかけた、おれはちゃんとてちょうへかいておいたがね、」
じいさんはてちょうをだして、それからおおきなめがねをだしてもっともらしくかけてから、またいいました。
「おまえはえいごはわかるかい、ね、せんど、まいぶーつ、いんすたんてうりいすぐながくつおくれとこうだろう、するとかるくしゃいやのおやじめ、あわてくさっておれのでんしんのはりがねにながぐつをぶらさげたよ。はっはっは、いやめいわくしたよ。それからえいこくばかりじやない、じゅうにがつころへいえいへいってみると、おい、あかりをけしてこいとじょうとうへいどのにいわれてしんぺいがでんとうをふっふっとふいてけそうとしているのがまいねんごにんやろくにんはある。おれのへいたいにはそんなものはひとりもないからな。おまえのまちだってそうだ、はじめてでんとうがついたころはみんながよく、でんきかいしゃではつきにひゃっこくぐらいあぶらをつかうだろうかなんていったもんだ。はっはっは、どうだ、もっともそれはおれのようにせいりょくふめつのほうそくやねつりきがくだいにそくがわかるとあんまりおかしくもないがね、どうだ、ぼくのぐんたいはきりつがいいだろう。ぐんかにもちゃんとそういってあるんだ。」
でんしんばしらは、みんなまっすぐをむいて、すましこんでとおりすぎながらひときわこえをはりあげて、「どっててどってて、どっててど/でんしんばしらのぐんたいの/そのなせかいにとどろけり。」とさけびました。
そのとき、せんろのとおくに、ちいさなあかいふたつのひがみえました。
するとじいさんはまるであわててしまいました。
「あ、いかん、きしゃがきた。たれかにみつかったらたいへんだ。もうしんぐんをやめなくちゃいかん。」
じいさんはかたてをたかくあげて、でんしんばしらのれつのほうをむいてさけびました。
「ぜんぐん、かたまれい、おいっ。」
でんしんばしらはみんな、ぴったりとまって、すっかりふだんのとおりになりました。
ぐんかはただのがんがんといううなりにかわってしまいました。
きしゃがごうとやってきました。
きかんしゃのせきたんはまっかにもえて、そのまえでかふはあしをふんばって、まっくろにたっていました。
ところがきゃくしゃのまどがみんなまっくらでした。
するとじいさんがいきなり、「おや、でんとうがきえてるな。こいつはしまった。けしからん。」といいながらまるでうさぎのようにせなかをまんまるにしてはしっているれっしゃのしたへもぐりこみました。
「あぶない。」ときょういちがとめようとしたとき、きゃくしゃのまどがぱっとあかるくなって、ひとりのちいさなこがてをあげて「あかるくなった、わあい。」とさけんでいきました。
でんしんばしらはしずかにうなり、しぐなるはがたりとあがって、つきはまたうろこぐものなかにはいりました。
そしてきしゃは、もうていしゃばへついたようでした。